「お~い、Yさん。クーラーに氷はいっとるか?」といいつつ、クラッシュアイスをスコップですくい、魚が見えなくなるまでたっぷり放り込んでくれる船頭さんが意外に多い。
これって本当に正解だろうか。氷さえしっかり入れておけば、魚の鮮度は落ちずいつでもおいしい状態で食べられるのだろうか。
夏場に「足の早い」魚を持ち帰るときならいざ知らず、寒い時期に氷たっぷりで持ち帰った魚は、冷えすぎて死後硬直が早くなりかえって味を落とすことになりかねないのだ。
釣った魚はていねいに扱い、上手に持ち帰っておいしく食べてやるのが釣り人の務めだと思う。
ところが釣ることに夢中で、あまりにもぞんざいに魚を扱っている人を見かける。
たとえば、魚が釣れたらそのままクーラーの氷の上に直接魚を放り込む。魚はあまりの冷たさゆえにもがき苦しむが、すぐには死なない。
そして、このとき多量のエネルギーを消費し、魚のうま味成分が少しずつ失われていくのだ。
また、氷も入れず海水を張ったバケツの中に釣れた魚をどんどん放り込み、悶絶死させるのも同じようなことだ。
魚を締めるは、一見、残酷なようだが悶絶死させるよりはずっといい。死に至らしめるまでに余分なエネルギーを使わせると、魚の味はどんどん落ちる。
これは活魚料理や寿司屋などの水槽で、長期間飼われていた魚がおいしくないのと同じだ。
水槽という狭い空間で飼われているために、自然の中にいる魚より多くのストレスがたまり、そのストレスために余分なエネルギーを消費するからだ。
締めるという行為は、魚を即死させることである。即死した魚は、そのときに余分なエネルギーを使わずすむだけでなく、死後硬直を遅らせることにもなる。
魚は死ぬと徐々に肉が柔らかくなっていくが、特にこれが激しくなるのは、死後硬直の後だ。
魚がよく「いかった」状態というのは、死後硬直する前のことで、いったん死後硬直してしまうと、その後、急速に肉が柔らかくなっていく。
この状態を遅らせるために締めるのだが、せっかく締めた魚をクーラーに入れ、ぎゅうぎゅうに氷を詰めて魚を冷やしすぎると、締めないときと同じように死後硬直が早まるのだ。
魚に氷を直接当てると氷やけを起こすだけでなく魚が急速に冷えるため死後硬直が早くなるのだ。
死後硬直した魚は、まるで棒のように固まるから誰にでも分かる。
だが、よくいかった魚と、そうでない魚の見分け方を知らない人が多い。
よく板場さんが魚を仕入れるとき魚の頭をもって、体を左右に振っているのを見ることがある。あれは魚がどれだけいかっているかを調べているのだ。
硬直した魚は、振っても体がブラブラしない。ところがよくいかった魚ほど、弾力があってブラブラ振れるのだ。
こういう魚ほど身がしっかりしていて歯ごたえがあり、硬直した魚ほど身に粘りがなく歯ごたえも落ちるのだ。
魚は新鮮なほどうまいと信じられているし、確かにその通りなのだが、新鮮なのと本当にうまい状態とはまた違う。
たとえばハマチを例に取ると、魚を締めてから刺身にし冷蔵庫の中で寝かせたとすると、締めてすぐに食べるより10時間ぐらいたったものの方がおいしく感じるはずだ。
これは、時間が経つにつれて魚の体内からうま味成分が分泌されるからだ。
このうま味成分の代表的なものは、グルタミン酸とイノシン酸だ。グルタミン酸は魚が死んでもほとんど量は変化しないが、イノシン酸は時間が経つにつれて分泌量が増えるといわれている。
このうま味成分がもっとも増える時間帯とおいしさを感じさせるもうひとつの要素、歯ごたえとのバランスが取れたときに、本当においしい魚が生まれる。
本当においしい魚が食べたければ、マダイや根魚など白身の魚は、釣ったらすぐに魚を締めて直接、氷が魚に当たらないようタオルや新聞紙などをあて、クーラー内部の温度が上がらない程度に少量の氷を入れて持ち帰ることだ。
足の早いサバやハマチなどの青物は、エラの付け根からナイフを入れて、締めると同時に血抜きも十分にしておくとよい。
アジやイサキなどは、1尾ずつ締めるのが面倒だからクーラーに海水と氷を入れ、塩氷で締めるとよい。
次回は、船アオリイカの攻略法。