色よし、味よし、釣ってよしと三拍子そろった魚の王、マダイは上手に釣っておいしく食べてやってこそ、その真価がわかるというものだ。
マダイは、誰もが知っているように代表的な白身魚のひとつである。
新鮮な魚ほど三枚に下ろした身の表面は、まるで淡く紅をはいたように背から腹にかけて朱の帯が走り、その切り口は虹色に光り輝く。
しかも、よくいかった身ほど透明感があって歯を押し戻すほどの弾力がある。
この弾力がテクスチャーと呼ばれる噛みしめ感で、ムチムチとかモチモチと表現したくなるほど、身はほどほどに硬いが粘りがあって、しかも歯切れのよいのが持ち味なのである。
大ダイは成熟した味、小ダイは未熟だが清純な味。
それを季節や料理法によって自在に味わえるのもマダイの魅力なのだ。
俗にいう目の下一尺、全長にすると40~45㌢のマダイが珍重されるのは、姿形が美しいだけでなく、すでに成熟した旨味がその魚に備わっているからである。
人の年齢にたとえてみると30代半ばから40歳にかけての脂が乗り切った時期で、いかように料理してもうまい。
こういう身に力(りき)のある魚は生食してこそ、そのうまさが堪能できるというものだ。
ごくオーソドックスに攻めるなら、三枚に下ろした身の腹骨をかき、さく取りしたあと皮を引いて、ボリュームがある背側の身を少し大胆に平造りにする。
平造りにした身が薄すぎると、ムチムチっとした歯ごたえが存分に楽しめないし、そのあとににじみ出てくる身の旨味も半減するから、マダイらしさが出ないのだ。
このような手順で作られた、切り口が虹色に輝く平造りの上に、サメ皮できめ細かく下ろした本ワサビをほんの少しだけ乗せ、身の端をたまり醤油にちょぼっとつけて味わってみる。
その魚が新鮮で脂がよく乗っていたら、一瞬にしてたまり醤油の上にうっすらと脂が浮かび、本物かどうかを証明してくれる。
刺激的だが濃厚ではなく、まるでたたらを踏むようにわっと押し寄せてさっと引く、下ろしわさびの味とタイの身のうまさが、ときを経ずしてない交ぜになったとき、平造りの本当のうまさが実感できる。
そこにほどよく冷えた吟醸酒でもあれば、平造りの味がさらに引き立つ。
白身魚ほど魚本来の旨味は、身と皮の間に隠されているといわれる。
その味をしかと確かめてみたいなら、松皮造りとか霜降り造りと呼ばれる刺身に挑戦してみることだ。
板場さんが霜をふるとか霜降りと呼ぶのは、身をさっと湯に通すこと。
身の表面が一瞬にして白濁し、まるで霜が下りたように見えるところから生まれた呼び名だ。
皮をつけたまま三枚に下ろした上身を皮側を上にしてまな板に乗せ、身全体を布巾で覆ったあと、まな板を少し傾けて上からさっと熱湯を注いで霜をふると、皮の表面にくっきりとうろこ模様が残り、その模様が松皮のように見えるところから松皮造りの呼び名が生まれた。
熱湯で霜をふるのではなく少し香ばしさをだしたいなら、身の表面を火であぶってもよい。