かつて、といっても明治時代より遥か昔、クロダイはネズミダイという異名があったといわれる。
なぜ、魚であるクロダイにネズミの名が付いたかといえば、ネズミ並になんでも食べる好き嫌いの少ない魚だからという説が有力だ。
はっきりいって、クロダイは雑食性の魚である。
魚たちが好むエサばかりでなく、人様が好む食べ物も大好きだ。
それも動植物を問わない。
一般に海の中では、岸近くの生物相が沖合いに比べて遥かに豊富で、魚類のエサ場としては優れた環境にある。
だから、食いしん坊のクロダイが、一も二もなくこういう場所を選んで生活するようになったのは、懸命な選択といえるだろう。
ただ、エサが豊富な岸近くはの海は、外敵に出合う機会が多くなる。
それは魚であったり、ときには人間、つまり釣り人であったりする。
こういう環境の中で育ったクロダイは、自ずから警戒心が強なり、敏捷性に優れるという性質を身につけたわけだ。
もうひとつ見方を変えて推論すると、外敵に出合う確率が高い海を生活圏にしていると、いちいちエサを選り好みしていてはありつけない。
目の前にある食えるもの、あるいは食えそうなものを手当たり次第に口にしているうち、何でも食べるようになったと考えるのは、ちとうがち過ぎか?
この答は、チヌに聞いてみなければ分からないが…。
薄暮と薄明時もっとも活動が活発になるといわれるクロダイは、この時間帯にエサを飽食する。
近視だといわれるが、それほど目が悪いわけではない。
しかし、エサを探すのはもっぱら臭覚に頼ることが多いといわれる。
つまり、においの元を探すのが得意な魚だといえる。
臭覚が発達したクロダイは、においには敏感だ。
なかでも蛋白質が分解されたときに出る臭気には、特に敏感に反応するといわれる。
これを証明するのがクロダイ釣りに使われるさまざまなエサだ。
浮かせ釣りに使われる粒サナギのエサや紀州釣り、あるいはかかり釣りに使われる粗引きサナギなどのエサも、臭覚に訴える効果がある。
かつて、紀州の田辺地方で盛んだったといわれるミノジ貝を使ったクロダイ釣りでは、貝をつぶして腐らせてからエサにしたという。